そういえば、今日再出願後の倍率発表だなと思って、道教委のHPを見たところ
あれ?
リンク貼り忘れですか??
というか、誰も指摘しないのね(笑)
今さら、倍率云々って話でもないですから、どうでもいいんですけどね
でも、仕事として、何だかな〜と思いましたよ(^_^;)
というわけで、またのちほど
この前、八反田先生のツイートへのRTで(前にもツイートがあって、あるツイートだけを抜き出してます。前後関係がわからないかもしれませんが、ご容赦ください)
「宿題もしないのに、何で塾に通わせるのか。 実際数人から『塾なら行ってる時間は勉強してるけど家にいると全くしないから』『いい塾だとついていけなくてやる気なくすからこの程度(よくある個別指導塾)で丁度いい』みな同じ事言った。学力伸ばす気はなく近所の高校に落ちなければOKらしい。 」
こんなのがあって、まあ世の中こういう人たちが多いんだろうなぁと私も思いました
そんな風潮の中、「宿題は出しませんが、その代りに小テストがあって、合格するまで追いかけられます」「期限までに追試に合格しないことが続くと退塾になります」なんて話を聞いたら、そりゃ選択肢から外れるよなぁ…と(笑)
何でこんな話をするかというと
新年度が近いのに、今までにないくらい、問い合わせがないんです(^_^;)
今まで、右肩上がりで生徒が増えてきて、生徒募集で頭を悩ませたことなかったですからね…
だからといって、考え方を変えるつもりはないんですけど(新年度、やり方は変えますが)
まあ、今いる生徒たちは、ちゃんと成果も結果も出してくれている子が多いですから、それを続けていくしかありませんね
それで、ダメならその時はその時です、うん
それでは、今日はこのへんで
昨日の連続模試
派手にずっこけた子がいます
今日の解説の途中で「具合が悪くなってきた」くらい
コメントで、「昨日今日と過去問を解いたら結果が芳しくなく、すっかりテンションが下がってしまいました」というものをいただきました
昨日の記事にも書きましたが、本番ではなくて良かったと思いますよ
願わくば「パニック状態」も経験しておけば言うことなかったのですが…
わかりますか?
目は文字を追いかけていても、ちっとも頭の中に文章が入って来ない感覚
心臓の音がやけに大きく感じて、暑いんだか寒いんだかわからなくなるような感覚
目の前が真っ白になって、何も見えなくなるような感覚
大体は、1教科目の国語で想定外の難易度だった場合に起きるんですが、最近はそこまでキツイ国語は出題されませんからね
本番も道コンも
何年か前の1月道コンか2月道コンは、まあ凄かったんですよ
集めた解答用紙を見た瞬間に、何が起きたかわかりましたから
いつも国語で空欄を作らない子でも、空欄がありましたからね
顔は見るからにこわばっていました
でも、そういった経験があると、本番で予想外のことが起きても「あの時に比べれば」となるんですよね
そういった経験、できたでしょうか?
まだ9日ありますよ
それでは、今日はこのへんで
まずは、国公立大学2次試験前期日程を受験してきた受験生の皆さん
ひとまずお疲れ様でした
まだ後期日程が残っている人もいるでしょう
前期日程で受かっていれば…と期待したくなる気持ちはわかりますが、そこはそれ
合格発表までの数日間、何も手につかない状態で、そのまま後期日程を迎えるのは危険です
逆に言うと、ここが勝負どころでもあります
まだ、入試は終わってませんよ
さて、何とか時間通りに教室も開けることができ(笑)行われた2回目の連続模試
10日後に控えた本番前の最後の実戦機会でした
うちの生徒の出来栄えは…う〜ん(^_^;)
まあ、ちょっと停滞気味だった2人が一気に爆発してくれたのは良かったです
これで、気分よく本番を迎えることができるでしょうから
やってもやっても、結果に表れなかったのはきつかったと思いますが、何とか間に合ったかという感じですね
一方、芳しくなかった生徒は…
これが本番でなくて良かったと前向きに捉え、まだまだ自分にはやらなければいけない課題がたくさん残されていることを肝に銘じてください
そして、点数以上に今回の連続模試で特に気をつけてほしかったのは、休み時間の使い方
教科間ごとの20分の休み
社会と理科の間の60分の休み
この休み時間の使い方で損をする生徒、得をする生徒が必ず出てきます
できが悪かった時に、どうやって気持ちを立て直し、次の教科に向かうか
できが良かった時に、舞い上がらずに冷静に自分を見つめることができるか
色んな状況をシミュレートしておいた方がいいでしょうね
明日も高校生のテスト対策と今日の連続模試の解説で、午後1時〜9時の開放です
それでは、今日はこのへんで
明日は…2回目の連続模試です
えぇ…1回目の前回「寝坊」したアレの2回目です
明日こそは、遅れるわけにはいきません
というわけで、帰って寝ます(笑)
短いですが、今日はこのへんで
中学生が必ず書かなければいけない自学スケジュールシート
それが残り1枚になった時に「先生、ぼく(私)でなくなります」と声をかけてくれる生徒もいれば、黙って最後の1枚を取る生徒もいる
次に取る人がなくて困るだろうと思わないのだろう
うちの教室でお茶を飲むために使う紙コップ
残り少なくなった時に「先生、紙コップがもうすぐなくなります」と声をかけてくれる生徒がほとんどだ(これは不思議)
教室のトイレのトイレットペーパー
以前使っていた2階のものは交換の仕方がわからなかったのだろう、空のままということが度々あったが、今のトイレは交換の仕方がわかりやすく、さすがに空のことはなくなった
でも、2階のときは困った経験をした生徒もいただろう
次の人のことも考えてみてほしい
自分が同じ立場だったらどうなのか?
あの、紙がなかった時の絶望感たるや(笑)
一度味わえば、空のままトイレを立ち去ることなどできるはずがないのに…
テストの採点のとき、書いてある字が読めなくて困ることがある
以前よくネタにしていたSくん
リアス海岸が「リアスシ毎岸」にしか見えなかった(笑)
採点する人の気持ちになれば、雑には書けないと思うのだが?
それは、証明や記述式の解答も同じ
採点者へのアピールが足りない、何とかして点数をもらおうとしていない答案が目につく
定期テストや模擬試験は答案が返ってくるから、採点ミスなども指摘できるが、高校入試は答案が返ってこないんですよ?
自分の答案を間違って読まれたらそのままです
相手の立場に立って行動する、そんな人に育ってほしいです
それでは、今日はこのへんで
日本で何かを決める時に、最もよく用いられる方法が「じゃんけん」でしょう
くじを作る手間もかからず、勝ち・負け・あいこの確率が3分の1で公平だし
…
本当に公平なんでしょうか??
今日から中2は確率の単元に入りました
ここで出てくる「同様に確からしい」という言葉、学校ではそれほど重要に扱われないかもしれませんが、私は非常に重たいものだと考えています
だって、そうでなければ確率を論ずることができないわけですから(-_-;)
じゃんけんも、確率の問題で出題されているのを見かけますが、ちゃんと一言申し添えてありますかね(^_^;)
「手の出し方に偏りはない(同様に確からしい)ものとする」と
このページを見てください
私の疑問に答えてくれています(笑)
やはり、じゃんけんは少なくとも「公平なものではない」と思いますよ
ちなみに、この研究を行っているのは広島大学の「ディペンダブルシステム論研究室」
こういうのを見るにつけ、「どの大学に入るか」ではなく「どの大学で学ぶか」、そして「何を学ぶのか」ということが、もっと論じられた方がいいのではないかと思います
誰から何を学ぶのか?
偏差値などに囚われない選び方があると思うんですよね
それでは、今日はこのへんで
とかく、「他の都府県の公立入試と比べて簡単すぎる」とか言われ、批判されることの多い北海道公立高校入試の問題ですが、私が評価している部分もあります
それは、数学の関数や証明の問題で、必要最低限の図しか与えず、文章で条件を示すところですね
自分で図に書き加えて、そこから考えなければいけないのです
これ、与えられた図でしか解けない子にとっては、かなりきついわけですよ
普段どれだけ「与えられた条件は、全部図に書きこめ!」と言っても書きませんからね(^_^;)
これだけで難易度2割増しです(-_-;)
問題集などに載っているような典型的な証明は、ここ数年出題されていません
ですから、他の都府県の問題で練習していると、思わぬ落とし穴にはまってしまうかもしれませんよ
問題を選ぶ際は、なるだけ条件が図に書き込まれていないものにしましょう
そして、北海道の過去5年分くらいの問題は必ず目を通しておいた方がいいでしょうね
理科も、内容はよく考えて作ってあると思います
大問が各分野1つずつになったのは、残念ですがね(-_-;)
いつも文句ばかり言っていると思われてそうですが、たまには褒めたりするんですよ(笑)
それでは、今日はこのへんで
今日、高校生から現代文の質問を受けたのですが、その時にふと感じたのが
「時代背景ってどうやって勉強したっけ」
本をほとんど読まず、テレビとマンガと新聞で育った私ですが、時代背景を掴めず苦労したという経験はありません
う〜ん…
ことさら勉強するようなことではないのかもしれませんが、でも重要ですよね
特に小説なんかでは、解釈が丸っきり変わってしまうこともありますし
明治・大正、今なら昭和40年代でも、「古い」って言われそうですね
現代社会では当たり前と思われていることでも、その文章が書かれた当時はそうではなかったり、その逆もしかり
結局は、何から情報を得ようが、本人に興味関心がなければ、記憶にも定着しないし、知識にもならないだろうということなんですが
ただ「覚えなさい」では味気ないですよね
集団授業がなくなっても、余談なんかはことあるごとにしていくつもりですし、そもそもそれが楽しくて教えているって部分もあります(^_^;)
さあ、いよいよ公立高校入試まで残り2週間
その前に国公立大学の前期日程も今週末ですね
ラストスパートですよ
それでは、今日はこのへんで
昨日、うちの教室では、算数・数学思考力検定というものが行われました
小学生の算数は、この検定での合格を目指してテキストを進めていましたので、言わば1年間の総まとめのようなものです
で、ある問題についての生徒の答案を見ていて思ったのが…
「ホント、問題の指示通りにしないよね、キミタチ」
まあ、好きか―――――――――――ってに解いてます(笑)
恐らく、その1問を間違えたからと言って不合格にはなりませんし、あくまでもこれは「算数・数学思考力検定」
国語検定ではありません
でもねぇ…
結局、どんなに計算が早かろうが、難しい問題の解法が閃こうが、指示された通りに答えなかったら「×」ですよ
そのあたり、この1年で随分と厳しく言ってきたつもりなんですがねぇ(^_^;)
堪えてないというか何というか
自分の直接降りかかってくることがなければ自覚できないんでしょう
冗談で「この問題間違えたら死んでしまうって時も、そんなにあっさり答えを書くのかい?」と言うことがあります
最初から完璧にできることなんてありえない、間違えながら成長していくわけですから、間違えること自体に極度に恐怖心を抱かれても困りますが、無頓着すぎるのもねぇ…
はたして、中学生になって直るものなのか?
直らんよなぁ…そう簡単には
しばらく、格闘が続きそうです
それでは、今日はこのへんで