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「学びや むげん」代表のたかとりーなが日々考えていることです
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古典に学ぶ

うちの教室では、集団授業ではない日に、道コンの国語の問題を大問1つぶん解くのがルーティンになっているのですが、2013年の裁量トライアル(現第4回道コン)に、面白い古文が出題されていたので、紹介したいと思います

 

ご存知の方もいるかもしれませんが、世阿弥の風姿花伝の一節です

 

※現代語訳

 さて、上手い役者(の芸)にも欠点があり、下手な役者にも必ず長所があるものだ。(しかし)これを見分ける目利きもいない。当人も自覚していない。上手は、名声に甘え、芸達者であることに(欠点が)かくれて、欠点に気が付かない。下手は、もともと工夫しないから(下手なの)であって、欠点にも気が付かず、(まして)長所がまれにはあることも自覚しないでいる。だから、上手も下手も、ともに他人に尋ね(判断を仰が)なければならないのだ。しかし、能(の芸)と工夫を極めた(役者)は、これを承知しているはずである。

 どんなにまずい役者であっても、(その芸に)すぐれた点があると認めたなら、上手もそれをまねるべきだ。それが(自分の芸を充実させる)最良の手段である。もし、長所を認めても、「自分より下手な役者をまねできるか」という強情さを持っていては、その心に束縛されて、自分の欠点をも、どうにも自覚できないであろう。これ(=強情さ)がつまり、(能と工夫を)極めぬ心なのだ。

 

色々なことに対して、あてはめることができそうな内容ですが、ここではやはり(塾での)勉強について

 

どんなに勉強できる子でも、完璧ということはありません

 

勉強できない子は、工夫しないというより、そもそも指示された通りにやらないという欠点が大きいです

 

長所も、まあ稀にあるかもしれませんね

 

ですので、勉強できる子もできない子も、ともに他人に尋ね(判断を仰が)なければならないのですよ

 

要は、「私に聞け」ということですね(´-`).。oO

 

 

後半は、他人の勉強法を見て良いと思ったら、相手が自分より勉強できなくても積極的に取り入れるべきだと

 

相手を下に見て「あんなやつの真似ができるか」と思っていては、自分のけってにも気づきませんよと

 

そして、これは高校生には耳が痛い話かもしれませんが…

 

「〇〇先生はハズレ」とか言って、その先生の授業を放棄するのはもったいないということです

 

その先生の授業にも、長所はあるかもしれません

 

それを取り入れないのは損ですよね

 

 

こんな感じで、古文は現代でも取り入れることができる教えをたくさん持っています

 

ただ、問題を解くだけではなく、その内容を自分の生活や考え方に取り入れるくらい、興味を持ってほしいと思います(^-^)

 

 

それでは、今日はこのへんで



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