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「学びや むげん」代表のたかとりーなが日々考えていることです
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明日への準備として
今日書く予定だった記事は明日に回します。
どうしても先に書いておきたいものがあったので…

私がよく見る数ある塾ブログの中で奈良で塾をなさっている先生がいます。
その先生が「テストになるとできない子」というタイトルで記事を書かれました。
全てを取り上げるには膨大な量になってしまうため、勝手ながら一部分のみを抜粋して紹介したいと思います。

「テストになるとできない子(1)」より

入試問題、あるいは定期試験などの「テスト」は幅広い範囲から数多くの問題が出題される。一問だけを見つめていたなら出来た子でも、テスト形式で数多くの問題を目の前にすると、一問一問への集中がしにくくなる。一問あたりに配分される集中力が低下してしまう。
「時間内に解けなかったらどうしよう」「この後の問題で難しいのがあったらどうしよう」「周りの子がガツガツ解いてる〜」「このテスト90点以上取れないとヤバイ」、彼らはそんなことを考えながらテストに立ち向かっている。
そして焦った挙句、時間がないからと彼らは時折とんでもない答えを書く。もうまともに問題を読めていないし、問題に向き合えていないのである。こういうのがクセになっている子は少なくない。これはうっかりミスなどという生易しいものではない。

このクセこそが「テストになるとできない」の一番の原因だと私は思っている。

試験で解けなかった問題、テストが終わって見直したら簡単にできた、と悔しがっている声を生徒達からよく聞くことがあるが、これはたまたまの出来事ではない。(テストが終わって、焦っていない状態だからこそ、問題が「見える」のである!)「惜しかった」などと言って悔しがっている場合ではないのである。この問題点を「矯正」しない限り、いつまでも同じことで苦しむことになる。

「テスト」で点数を取るには、問題を解く「力」に加え、「テスト」で自分の力を出し切るという別の「力」が必要になる。

「テストになるとできない子(2)」より

なぜこのような「問題文を読まずに解答する子」がいるのだろうか。なぜその子たちは「問題を読まずにでたらめな解答」をしてしまうのだろうか。

長くこのことを考えてきて私が出した結論は、そういう子は「待てない」体質になっているということだ。彼らは「答えが出せない自分」と向き合うことが辛くて、あるいはじっくり最後まで考えるのが辛くて、とりあえず解答欄を埋めてホッとしている。本当は解答欄を埋めることが大切なのではなくて、正解することが大切なのだけれど、本質から外れて埋めることで安心しようとしている。そういうクセがついてしまっているのである。一種の「逃避衝動」にも似た行動だと私は思う。

つまり彼らは「答えを出せないこと」を恐れ、怖がっているのだ。その感情を理解しないとこういうクセの改善はできない。

「テストになるとできない子(3)」より

また、授業中問題を解かせているときに、一人ひとりのノートを指導者がチェックして回る。先生が間違いを見つけ、指摘してやると、中には言われるやいなや、その部分をあっと言う間に消しゴムで「消去」してしまう子がいる。こういう子もテストになると点数が出ない場合が多い。「間違い」が許せないにもかかわらず(だからすぐ消す)、思慮が足りず(足りていればすぐに消すことはない)、衝動的に行動する(衝動的に解答を作っている場合が多い)のである。

全て、納得のいく話しです(−−;)
明日はこの話しをベースに、「逃げるな危険!」というタイトルで記事を書きたいと思います。

それでは今日はこのへんで。


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